霧、靄、霞
霧、これでは晴れていても何にもなりません。
薄暗い靄(もや)の中を囲碁の会に。
* 霧(きり)と靄(もや)を同時に使う事になって戸惑ってしまいました。同じ物で視程が1Km未満のものが霧なのだそうです。ようするにモヤよりキリのほうが濃いと言うことの様です。
俳句の季語としては昔は春秋に区別が無かったようですが、今では春は霞、秋は霧となっているようです。で今の霧は「冬霧」「寒霧」となる様です。(霞(かすみ)も同類の様で気象用語ではない)
霧

しのびあう恋を つつむ夜霧よ、、、、、、
夜霧よ今夜も有難う 裕次郎
霧の中を歩いているとこんな鼻歌が出てくる世代なのです。
歌詞を覚えている訳でもなく同じフレーズを何度か繰り返しているうちに憂鬱になってきてしまいました。どうも薄暗く肌が濡れてくるような感触は散歩には不似合いのようです。
マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司
どちらも我が青春の歌なのですがね、、、同じ霧でも趣が違います。両者とも早々と逝ってしまいましたがね。
どうも霧の中の散歩はいけません、だんだん気分が沈んでくるようです、次。
囲碁の会も始まりました。
この会も会員不足、老齢化が避けられません。若い会員も少しは来ているのですがどうしても絶対数が足りません、それより現役世代の参加者が皆無に近いのが問題です。愛好家はいるようですが時間が取れないようで、リタイアしたらと言う具合なのです。商社員なども減ってしまい海外のこのテのクラブは衰退が激しいようです。囲碁の場合は中、韓、台そしてネイティブと愛好家は多いのですが組織がイマイチまとまらないようです。
暫くは老人達で支えるしかないようです、「雲散霧消」となっては次のリタイア組の遊び場もなくなってしまいますからね。将棋相手がいなくなってしまったので囲碁に専念したいと思うのですが、、、少しは上達しますかね。
花(マンサク)

枯れ木のように見えていたマンサクも少し明るくなってきました。

薄暗い靄(もや)の中を囲碁の会に。
* 霧(きり)と靄(もや)を同時に使う事になって戸惑ってしまいました。同じ物で視程が1Km未満のものが霧なのだそうです。ようするにモヤよりキリのほうが濃いと言うことの様です。
俳句の季語としては昔は春秋に区別が無かったようですが、今では春は霞、秋は霧となっているようです。で今の霧は「冬霧」「寒霧」となる様です。(霞(かすみ)も同類の様で気象用語ではない)
霧

しのびあう恋を つつむ夜霧よ、、、、、、
夜霧よ今夜も有難う 裕次郎
霧の中を歩いているとこんな鼻歌が出てくる世代なのです。
歌詞を覚えている訳でもなく同じフレーズを何度か繰り返しているうちに憂鬱になってきてしまいました。どうも薄暗く肌が濡れてくるような感触は散歩には不似合いのようです。
マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司
どちらも我が青春の歌なのですがね、、、同じ霧でも趣が違います。両者とも早々と逝ってしまいましたがね。
どうも霧の中の散歩はいけません、だんだん気分が沈んでくるようです、次。
囲碁の会も始まりました。
この会も会員不足、老齢化が避けられません。若い会員も少しは来ているのですがどうしても絶対数が足りません、それより現役世代の参加者が皆無に近いのが問題です。愛好家はいるようですが時間が取れないようで、リタイアしたらと言う具合なのです。商社員なども減ってしまい海外のこのテのクラブは衰退が激しいようです。囲碁の場合は中、韓、台そしてネイティブと愛好家は多いのですが組織がイマイチまとまらないようです。
暫くは老人達で支えるしかないようです、「雲散霧消」となっては次のリタイア組の遊び場もなくなってしまいますからね。将棋相手がいなくなってしまったので囲碁に専念したいと思うのですが、、、少しは上達しますかね。
花(マンサク)

枯れ木のように見えていたマンサクも少し明るくなってきました。

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